南房総独特の「担ぎ屋台」

About the floats

米澤村の人達が火あかりを担ぎ廻っていたのが「担ぎ屋台」始まりですが、その後は急速に大型化し、柱は細く屋根は紙障子になり、提灯も付けられ燃え立つような屋台となりました。

4輪がある山車に綱をつけて引き回すのではなく、太くて長い担ぎ棒を取付けて神輿のように担いで移動します。


当時は道路が狭かったため、屋台が通れないところは平久里川を担いだので、水に映る夜景や屋台の明かりの美しさは一段と勝り、見ている人を魅了させました。

笛太鼓もにぎやかに川を下ってくる屋台、川をさかのぼる屋台、いずれも御仮屋の入り口で列を正し、御旅所の芝生を踏んだと言われています。


昭和50年ごろまでは屋台の前後を担いでいたのですが、それ以降は屋台後部に補助車輪を取り付けて、屋台の前側を担ぎ、後側は担がず、屋台を押しながら舵をとったり、スピードを抑えるという役割になりました。

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山田区屋台

全長 4.8m(屋台部分) 担ぎ棒の長さは、中棒で14.6mです。
全幅 3.4m
全高 4.4m
重量 1,500kg 運行時には、約2,000kgまで増えます。

現在の山田区屋台は、昭和54年(1979)に新調しました。
木曽ヒノキの巨木を地元の木材業者が切り出し、地元の大工の手により作られました。
彫刻は、後藤義光の門人「後藤喜三郎橘義信」の作品です。

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宮造り屋台

平群天神社祭礼では、山田・平久里中・荒川・井川・平久里下・米澤・犬掛・吉沢と、8社それぞれの青年会または区より屋台が奉燈されますが、すべて担ぎ屋台です。


そのなかでも平久里中と平久里下の屋台は「宮造り屋台」と言われ、それは「動く神社」のような特別な形状の屋台となっています。